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東京地方裁判所 平成4年(ワ)16574号 判決

原告(反訴被告) 日本信販株式会社

右代表者代表取締役 糸井正男

右訴訟代理人弁護士 中村雅男

同 石田道明

被告(反訴原告) 三浦寛

右両名訴訟代理人弁護士 栄枝明典

主文

一、本訴原告の請求をいずれも棄却する。

二、反訴被告は、反訴原告に対し、金五七万二六八〇円を支払え。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、本訴請求の趣旨

1. 主位的請求

(一)  本訴被告(以下単に「被告」と表示する。)らは、本訴原告(以下単に「原告」と表示する。)に対し、金九五九万二三九〇円及びこれに対する平成三年一二月二八日から支払済みまで年二九・二パーセントの割合による金員を連帯して支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行宣言

2. 予備的請求

(一)  被告三浦碧子(以下「被告碧子」という。)は、原告に対し、金六八〇万三一五〇円及びこれに対する平成三年七月二三日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告碧子の負担とする。

(三)  仮執行宣言

二、本訴請求(主位的請求、予備的請求)の趣旨に対する答弁

主文第一、第三項と同旨

三、反訴請求の趣旨

主文第二、第三項と同旨

四、反訴請求の趣旨に対する答弁

反訴原告の反訴請求を棄却する。

第二、当事者の主張

一、本訴

1. 主位的請求

(一)  請求原因

(1) 原告は、被告碧子に対して、平成三年七月一五日、広告装置一式(以下「本件広告装置」という。)を次の約定で売却することを約した(以下「本件割賦販売契約」という。)。

①割賦販売価格 金七三〇万円

②支払金総額 金一〇三〇万八二四〇円(消費税を含む。)

③支払月額 金一四万三一七〇円(消費税を含む。)

④割賦期間 平成三年八月二七日から六年(七二か月)

⑤支払方法 毎月二七日限り支払う。

⑥期限の利益喪失 被告三浦寛が割賦金の支払を一回でも怠ったときは、被告三浦寛は、支払金総額に対する期限の利益を失う。

⑦遅延損害金 年二九・二パーセント

(2) 被告碧子は、本件割賦販売契約締結の際に、被告三浦寛(以下「被告寛」という。)のためにすることを示した。

(3) 被告寛は、平成六年四月一二日本件訴訟第一一回口頭弁論期日において、被告碧子の(1)の契約締結の意思表示を追認した。

(4) 被告寛は平成三年一二月分から割賦金の支払を遅滞した。

(5) 被告碧子は、平成三年七月一五日、原告に対し、本件割賦販売契約による被告寛の債務を保証した。

(6) よって、原告は、被告らに対し、売買代金内金九五九万二三九〇円及び後記再抗弁欄記載のとおり被告らは本件広告装置の引渡未了を主張することができないので、右金員に対する平成三年一二月二八日から支払済みまで年二九・二パーセントの割合による金員の支払を求める。

(二)  請求原因に対する認否

認める。

(三)  抗弁

(1) 被告らは、原告が本件広告装置を引渡すまで、代金の支払いを拒絶する。

(2)ア 原告が本件広告装置を仕入れていた訴外株式会社ゆうゆう(以下「訴外ゆうゆう」という。)が事実上倒産したため、本件広告装置の引渡は社会通念上不能となった。

イ 被告寛は、平成六年四月一二日の本件第一一回口頭弁論期日において、本件割賦販売契約を解除する旨の意思表示をした。

(四)  抗弁に対する認否

(1) 抗弁(1)のうち、本件物件が引き渡し未了であること及び抗弁(2)を認める。

(五)  再抗弁(被告らにおいて本件広告装置の引渡未了を主張し得ない事実)

(1)ア 本件割賦販売契約は、物品販売店と顧客との間で売買の内容が確定された場合に、物品販売店を通じて提出された割賦購入の申し出につき、原告において顧客の信用を調査し、与信可能であると判断したうえで、原告と顧客との売買契約を締結し、顧客作成の物件受領書によって物件の引渡しが確認されたときに、原告から物品販売店に代金を支払い、顧客は売買代金に割賦手数料を加算した割賦金総額を原告に支払うというものであって、原告は売買の内容等の決定に実質的に関与しない等の点に照らして、単純な売買契約ではなく売買契約と与信契約の混合した契約である。

イ 本件割賦販売契約の右性質の結果、原告は本件広告装置の製造や引渡しに関与せず、物件の引渡しについては物件受領書を基準として契約関係が処理され、顧客から物件受領書が提出された後になって物件の引き渡しがなかったという事態は本件契約関係では想定されていない。

ウ 本件割賦販売契約(第五条)及び物件受領書には物件の瑕疵について物件受領書を中心に処理することが記載されているが、これは、引渡未了を含めて物件引渡書が交付された後には、完全な状態での引渡しがされたものと見なす規定である。

エ 被告碧子は、平成三年七月一五日、原告に対し、なんら瑕疵の指摘をすることなく本件売買目的物の物件受領書を交付した。

(2) 被告らは、物件の引渡未了を熟知しながら物件受領書を書くことによって物件を受領したことにして原告を欺罔して、原告をして訴外ゆうゆうに対して代金を支払わせたうえで、訴外ゆうゆうが倒産するや、物件の引渡未了を主張することによって割賦代金の支払を免れようとしているものであるから、被告らが物件の引渡未了を主張することは信義則に反する。

(六)  再抗弁に対する認否

再抗弁(1)のア、イ、ウを否認し、エを認め、(2)を争う。

2. 予備的請求

(一)  請求原因

(1) 被告碧子は、平成三年七月一五日、自己に決まった収入がないことから、原告と割賦販売契約を締結するに際し、被告寛に無断で、割賦販売契約書及び物件受領書の買主欄に同人を表示する名称である「三浦内科医院」と記入し、割賦販売契約書に同人の実印を押捺して被告寛名義の割賦販売契約書及び物件受領書を作成し、訴外ゆうゆうを通じて原告に交付した。

(2) 被告碧子は、同月一六日、原告担当者川瀬が右割賦販売契約締結の意思確認のため被告寛に対して架電した電話に応対し、被告寛が契約の申込みをした旨回答し、原告担当者をしてその旨誤信せしめた。

(3) 原告は、(1)の割賦販売契約書及び物件受領書が提出され、また、(2)の電話回答がされたため、医師であり、信用調査の結果経済的信用力も充分である被告寛が買主として契約の申込みをしたものと信じたため、その申込みを承諾し、平成三年七月二二日、訴外ゆうゆうに対し、本件広告装置代金として金七三〇万円及びこれに対する消費税各金二一万九〇〇〇円の合計金七五一万九〇〇〇円を支払った。

(4) よって、原告は、被告碧子に対し、不法行為による損害賠償として、右金七五一万九〇〇〇円の内金六八〇万三一五〇円及びこれに対する平成三年七月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

(二)  請求原因に対する認否

(1) 請求原因(1)は認める。

(2) 請求原因(2)は、原告担当者がその旨誤信したことは知らない。同(2)のその余の事実は認める。

(3) 請求原因(3)は不知。

二、反訴

1. 請求原因

(一)  本訴主位的請求の請求原因(1)ないし(3)と同じ。

ただし、同(1)①の割賦販売価額は七〇〇万円であり、本件広告装置一式は、契約締結後製作を開始して二か月後に完成させて反訴被告が反訴原告に引き渡すこととされていた。

(二)  反訴原告は、次のとおり(一)の契約の割賦金として合計金五七万二六八〇円を支払った。

(1) 平成三年一〇月二七日 金一四万三一七〇円

(2) 同年一一月二七日 金一四万三一七〇円

(3) 平成四年四月二七日 金一四万三一七〇円

(4) 同年五月二七日 金一四万三一七〇円

(三)  本訴主位的請求抗弁(2)と同じ。

(四)  よって、反訴原告は、反訴被告に対し、売買契約解除による原状回復として、右支払済みの代金金五七万二六八〇円の返還を求める。

2. 請求原因に対する認否

請求原因のうち同(一)の割賦販売価額が七〇〇万円であるとの点を除いてその余は全部認める。

3. 抗弁

本訴主位的請求の再抗弁と同じ。

4. 抗弁に対する認否

本訴主位的請求の再抗弁に対する認否と同じ。

第三、証拠〈省略〉

理由

第一、本訴請求について

一、主位的請求

1. 本件広告装置についての原・被告間での本件割賦販売契約の成立(被告寛による被告碧子の行為の追認)、平成三年一二月分からの割賦金の支払のないこと(請求原因)、本件広告装置の引渡しがなく、その引渡しが社会通念上不能であることおよび平成六年四月一二日に被告寛が本件割賦販売契約を解除する旨の意思表示をしたこと(抗弁)については、当事者間に争いがない。

2. 本件割賦販売契約の性質

別表以外の部分について被告碧子との間に成立に争いがなく、その余の部分及び被告寛との間では弁論の全趣旨によって真正な成立を推認することができる甲第一号証、原証言によれば、本件広告装置は、訴外ゆうゆうが原告に対して原告の割賦販売商品とすることを申し入れたものであり、割賦販売の形式としては、訴外ゆうゆうにおいて商品の売り込み、顧客への説明を行い、売買の内容に関する打合せをし、顧客から訴外ゆうゆうを介して原告に対して割賦販売契約の申し込みがあったときは、原告において顧客の信用及び与信の適否を判断し、与信可能と判断したときは、訴外ゆうゆうを介して提出される顧客の物件受領書をもって物件の引渡しとみなして、訴外ゆうゆうに広告装置の代金を支払い、顧客は原告に対して、右代金に割賦手数料を加算した金額を分割した割賦金を支払うというものであり、原告は顧客の信用調査及び購入意思確認のために顧客と直接連絡するほかは顧客との売買の合意に直接関与することはなく、購入物件の引渡しも原告の代理人(甲第一号証、第四条)である訴外ゆうゆうにおいて引き渡すものとされていることが認められる。

右によれば、本件は原告と顧客との売買契約ではあるが、その実質においては、販売店に代金の確保を容易ならしめ、顧客には金融の利便を供与するという実体を有するものということはできる。

ところで、売買契約が成立するためには契約の当事者間において売買の内容に関する意思の一致が必要となるところ、右認定によれば、売買の内容に関する顧客との合意形成行為に原告は関与せず、訴外ゆうゆうに一任しているというのであるから、原告と顧客間に売買契約が成立するためには、原告における与信決定が契約成立の条件となっているとしても、訴外ゆうゆうのする顧客との合意形成行為は原告の代理人としての行為と解するほかない。

3. 本件割賦販売契約の締結の経過

前顕甲第一号証、成立に争いのない乙第七号証、佐藤証言及び被告碧子供述によって真正な成立の認められる乙第六号証並びに佐藤証言、原証言、被告碧子供述を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件広告装置は、売買契約があったときに製造の注文を発し、その完成をみた上で顧客の指定場所に設置するものであり、この間に約二か月の期間を要するものであり、原告の担当者としても、本件広告装置が既製品のように契約が成立すれば直ちに引渡しができるものではないことを確認していた。

(二)  訴外ゆうゆうは、本件広告装置が売買契約の成立後に製造の発注をするものであり、製造の発注に際して資金の確保を要することから、割賦販売の形式によるときは、現実の物件の引渡しがなくとも顧客の承認(引渡確認書の作成の同意)があれば、契約を締結することができると理解し、原告においても、これを許容しているものと理解していた。

(三)  本件広告装置は、訴外ゆうゆうから売込みを依頼された訴外佐藤において被告碧子に購入を勧誘したものであり、被告碧子は訴外ゆうゆうなる会社の信用に疑問を持ったが、原告の行う割賦販売であることを信頼して、訴外佐藤の勧誘に応じた。そして、被告寛の名において本件割賦販売契約書に記入、捺印した際に、物件受領書への署名捺印を求められた被告碧子は、いまだ物件の引渡しのない段階で、右書面を交付することに疑念を表明した。これに対して、訴外佐藤は、訴外ゆうゆうに問い合わせた上、本件広告装置が契約後に発注するものであることから物品の引渡前に契約を成立させ、物品受領書の交付を受けることになっており、この点は原告の了解を得ている旨の解答を得て、これを被告碧子に伝え、契約成立により顧客に割賦金支払義務が生ずるが、本件広告装置が引き渡されるまでの割賦代金は訴外ゆうゆうにおいて処理することを申し伝え、被告碧子は、この話を、物件の引渡しまでは自己の割賦金支払は要しないものと理解した(なお、前顕甲第一号証の記載に照らして、契約の締結及び物品の引渡確認をすることにより原告との関係で顧客に割賦金支払義務が生ずることは、同被告において理解したものというほかなく、この点に関する同被告の供述を採用することはできない。)。

(四)  本件割賦金のうち当初の二回分は、訴外ゆうゆうにおいて、被告寛名義の口座に入金、引落しの処理がされ、その後、右口座からは、反訴請求原因(二)のとおりの引落しの処理がされた。

4. 被告の主張(再抗弁)について

(一)  右認定事実によれば、本件割賦販売契約は、売買契約であると共に、経済的には与信契約の性質を併有するものということができる。

しかし、法的性質において売買契約であることは、原告自身が承認している契約書の構成において明らかであり、特に、本件契約は原告と被告との純粋な二者間契約とされているのであって、与信契約としての経済的性質を有することから売買としての法的性質が失われると解すべきものではない。なお、原証言によれば、本件事件以来原告においては、割賦販売物件に関しても、ユーザーの所に行って物件の写真を撮るか、検収確認書に押印を求め、検収業務を行うように改善したとのことであり、実質的には与信の性質を有する割賦販売契約においても、原告としても物件の引渡しについて責任を負うことを前提とした業務執行を行っていることからも、与信契約としての性質が売買の性質を排斥するものではないと言うべきである。

そして、原告主張の契約書及び物件受領書の文言は、その文面上物件の瑕疵について言及するに過ぎないものであって、これらの条項が物件の引渡し未了についても免責する趣旨であるとは解されない。

また、本件広告装置の引渡しについて原告の代理人の立場にある訴外ゆうゆう(合意形成行為についても代理人と解しないと、原・被告間に契約の成立を認め難いことは既に説示したとおりである。)の使者である訴外佐藤が、訴外ゆうゆうに連絡をとった上で、物件の引渡前に物件受領書の作成が必要である旨の説明をしていることに照らせば、被告碧子が物件の引渡しがないことを認識しながら物件受領書を作成し、あるいは、割賦売買契約を作成し、物件受領書を提出すれば文言上あるいは割賦契約の事務処理上、被告に割賦金支払義務が生ずることを認識していたとしても、そのことから、物件の引渡しがないときに売買契約における買主の抗弁が喪失する旨の認識があったということはできず、本件全証拠に照らしても、同人が物件受領書を書くことによって物件を受領したことにして原告を欺罔しようとしたとは認められない。

そして、右事実に照らすと、被告碧子が物件の引渡し未了を知りながら本件物件受領書を作成したからといって、信義則に反するものであるということはできない。

二、予備的請求

予備的請求は、被告碧子が被告寛から本件契約の代理権の授与なしに被告寛の名義を冒用して本件割賦販売契約を締結したことを理由として、被告碧子が買主であれば与信適格なしとして右契約をしなかったことを理由とするものである。しかし、被告寛が被告碧子の行為を追認していることは本件主張から明らかであり、現在の法律状態は有権代理(与信適格のある被告寛との契約の締結)と変わるところはないのであり、原告が損害であると主張する訴外ゆうゆうへの代金の支払は、右契約を前提とする訴外ゆうゆうへの義務履行行為にすぎないのであるから、被告碧子の無権代理行為と原告の主張する損害との間には法的因果関係を欠くというべきである。

第二、反訴請求について

請求原因については、割賦販売価格が七〇〇万円であるとの点を除き、当事者間に争いがない。抗弁については、本訴主位的請求の再抗弁について説示したとおり、認めることができない。

よって、被告寛の請求は理由がある。

第三、結論

以上の次第であるから、原告の請求はいずれも理由がないからいずれも棄却し、反訴原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 富越和厚)

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